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『TKBSは何を仕事としている会社ですか?』とよく聞かれます。そしてTKBSの社員も、その問いに明確に答えられないことがよくあります。その答えにはTKBSの創業の歴史を説明する必要があります。
この我々の取扱い商品を紹介するホームページを見ても、ただ雑多に商品を取扱い販売しているように見えるでしょう。TKBSの起源は、創業者・福岡一氏が米国より帰国時、米国ジョンズ・マンビル社の代理権を持って、熱工法アスファルト防水の材料輸入及び工事を始めたことにあります。
福岡一氏は大正時代に慶応大学を卒業し、米国南カリフォルニア大学に留学したと聞いております。福岡氏は同大学を卒業後、縁を得て米国で有数の工業原料及び材料を生産製造するジョンズ・マンビル社に入社しました。そして大正12年、前述のアスファルト積層防水の日本での代理権を持って帰国したのです。
その後、福岡一氏は数年を経て東京興業貿易商会をこの東京新橋の地に設立しました。この防水事業は米国との太平洋戦争に突入するまで続けられました。
大戦終了後、福岡一氏は日本の復興を強く考え、米国ジョンズ・マンビル社との関係をいち早く回復し、日本の復興に必要な工業原材料及び製品材料の輸入・工事を展開していくために、昭和22年、【サービス・トゥ・インダストリー】の社是の元、新しい株式会社東京興業貿易商会を設立しました。
当時最も重要とされた耐火物の原料の輸入第一号は、翌23年、この会社で行われました。
以来、建材用に欠く事ができないスレートの原料として、又、自動車用ブレーキライニング・クラッチフェーシングの原料として使用されました。又、当然復興によるビル建設には、JM式アスファルト積層防水が主要ビルディングの多くに施工されました。
濾過助剤珪藻土セライトも同時期に輸入され、プールや銭湯での濾過、そしてビールの珪藻土濾過も、この弊社輸入のセライトから始まりました。
福岡一氏は米国ジョンズ・マンビル社製品以外にも、毎年数回の渡米・渡欧により、日本の工業発展に必要な製品・事業の導入を行いました。コンクリート吹付けも代表的な事業であり、名神高速道路建設には最大の活躍をしています。
私がTKBSに入社した昭和36年に、福岡一氏は思い半ばにして他界しました。私は一氏の近い縁戚にあり、小学生の頃より一氏の会社事業への思い、仕事振りを数々聞かされており、いつのまにかTKBSに入社していたのでした。以来今日まで43年間、何とか一氏の意思を継ぎ、今日に至りました。
インターネットやネット市場等の情報産業のみが注目される時代となっていますが、私は日本の製造業はこれからまた発展のときが来ると信じ、このTKBSの事業と、次代に必要とされる工業材料の開発・導入を継続させ、会社の発展に努めようと考えています。
TKBSのこのホームページが皆様工業界に働く方々のお役に立つものと信じ、又、皆様からの新しい材料のご要求に対応し得る能力を持ち続ける会社であると信じます。
今後とも、皆様の格別なる御引き立てを切に望む次第です。 |
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